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2005年、小川珈琲が入店されているテナントビルの建替えに伴う、新店舗のデザインをご依頼いただきました。
この地で長く営業されていたので、小川珈琲の本店だと思われている方もいるようですが、本店は右京区西京極にあります。

新しく造り替えるということで、この立地の良さを考え、小川珈琲のアンテナショップを兼ねて、これからの方向性の一つを示すことのできるお店として、確かな品質、確かな技術で珈琲を楽しまれる、大人の店をデザインすることとなりました。

オーセンティックでありながら、あまり重たくならない、ソフトなデザインを心がけました。

日本で優勝し、世界大会で3位のバリスタが、カウンターでお客様を迎える、本格的な珈琲専門店として、新たな出発となりました。






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2004年。
京田辺市松井山手に、和食レストランのデザインのご依頼をいただきました。

物件は、元お米屋さんの木造2階建てで、その骨組みを残しての全面改装でした。
敷地に対して、建物は道路側に寄っていたため、後方には坪庭と従業員用駐車場、ストックヤードを、前方には植え込みと来客用駐車場を配置しました。

和食ではありますが、座敷で座るのは足に負担がかかるので、床で200下げ、スツールで200上げて、半埋め込み掘りごたつの形にし、立ち座りが容易にできるようにしました。

2階席はテーブルにスツールという組み合わせで、言ってみれば、高い座卓と高い座布団のイメージで構成しました。

施主がお豆腐関連の製造業で、お豆腐を中心のコースメニューで営業されて、地域の常連客より多くの支持を受けていましたが、残念ながら、昨年閉店されました。
どちらかと言えば普通の建物を、外構も含めて、モダンな和食レストランへリモデルするという、環境デザインも含めての良い経験をさせていただきました。





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一流日本料理店で修業を積まれた施主が、独立されるお店のデザインをご依頼いただきました。

お店の立地は、テナントビルの1階で、入口側に既存店が一軒あり、その脇に細い通路があり、その奥に店舗スペースがありました。

そこで、座敷を前面に配置することにより、店内に通路をつくり、既存の細い通路と合わせて、京都独特の露地をつくりました。
そして、ちょうど店の真ん中に玄関をつくり、カウンター席と座敷に分かれるようにレイアウトを決めました。

若い施主は必要な最小限のことを伝えられ、それ以外はおまかせくださいました。

本格割烹として、施主が腕を十分にふるうことができるように、モダンな和のニュートラルな空間を目指し、できるだけ料理の邪魔にならない素材や色合いを考えて、デザインしました。

もうすぐ10年を迎えようとしています。
変わらずお店を続けていただいていること、本当にありがたいことです。





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2002年、ホテル グランヴィア京都の、デザインコンペへの参加依頼がありました。
このコンペは、ホテル6Fにあるカラオケラウンジの全面改装のデザインでした。
参加方法は2通りあり、自由企画及びデザイン提案と、立ち上げスタッフとのミーティングにより、スペースの有効利用を提案・デザインする2者選択でした。

僕は後者を選択し、スタッフとのミーティングが始まりました。
当初は1Fの直営飲食店の満席時のお客様を6Fで受けるという計画でした。
しかし、せっかく6Fのエレベーターを含めたワンフロアー全体が使えるのに、予備室的な計画はもったいないと思い。
フロアー全体を屋敷とし、洋食も和食も受け入れられるようにし、ホテル側が利用をアピールするのではなく、上顧客のゲストハウスとし、あらゆる想定できる利用を可能とする機能を備え、顧客がスペースを見て、利用を企画できるように提案しました。

空間構成は、エレベーターを降りるとエントランスホールがあり、屋敷の門があり、それを抜けると右に洋式のホール、左に靴を脱いで上がる座敷に小和室が1室、和室が2室、この2室は間仕切りをとると、大広間となるようになっています。
そして、堀炬燵にも畳敷き和室にも切り替えられます。

この案が、スタッフにも受け入れられ、細部、詳細を詰めデザインは完成しました。

その後、役員プレゼンテーションを経て、最終選考に残り、この案が採用されました。
それまで、一緒に作り上げた企画、デザインを、同じスタッフで造り上げる事が出来た事は楽しくもあり大きな喜びでした。
その上、屋敷の名前も依頼を受けたので、「顧客に粋に楽しんでもらう」という意味で、「楽粋」と名付けさせていただきました。

コンペもついこの間と思っていましたが、もう10年が過ぎました。
今も、変わらず営業を続けていただいていることは、本当にありがたいことです。





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2002年、まんざら亭のオーナーが「この絵を使って店をつくりたい」と事務所を訪れられました。
その時、打合せテーブルの上には春画の画集が開かれていました。
場所は祇園、お茶屋の女将さんの住まわれていた町家を借りて店をつくるとのこと。
もともと、隠れ家のように使われていた家なので、その雰囲気を受けついで、店名も「」となり、カップル対応の店として、計画が始まりました。
1Fはカウンター席と個室が2室、それらはまんざらの従来の落ち着いたデザインとしました。
そして、2Fはかなり小さい個室に分割し、その天井にはインクジェットで春画をプリントした木製パネルを貼りました。
かなり絞った照明の部屋に入り、目が慣れて天井を見上げた時の衝撃を思い描くと、オープンが待ち遠しい、大人の遊び心をくすぐる、しゃれたお店となったと思います。
後日談で、まんざらは昔からの顧客の多いお店ですので、「隠」と聞いて、喜んで来たものの、知り合いばかりで隠れにならなかったというお話をお聞きして、微笑ましい気持ちになったことを思い出します。
今は「隠」というよりは、皆様によく知られたお店となっています。




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2002年、「祇園 迦陵」のデザインをご依頼いただきました。

かねてから、祇園出店を模索されていた施主が、祇園花見小路の歌舞練場の直前という好立地の物件と出会われ、出店となりました。
居酒屋という業態を営業されてきましたが、素材や調理技術の向上に努めてこられたことにより、この地でさらにグレードアップした御料理をお客様にご提供できて、そのうえ、調理人が表舞台にでる、キッチンスタジアムのようなお店を発想されていました。

それに応えるべく、デザイン作業をすすめていきました。

まず、土地柄、扉を開ければすぐに店内ではなく、あえてアプローチを長くとり、お客様が気持ちをリセットする時間をとりました。
そして、どの客席からも、厨房が垣間見えるように、建物の中央を2Fまで吹き抜けとし、そこをメインキッチンとすることにより、
調理人の動きが空間に臨場感を与えるように計画しました。

カウンター席、半個室、個室とバラエティに富んだ客席を配し、何度ご来店いただいても違ったシチュエーションで食事を楽しんでもらえるお店となっています。

「祇園 迦陵」は、日々、向上心をもって、絶えずお客様のことを一番に考えられているホスピタリティにより、長くお客様に愛され続けているお店です。




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2001年、近江富士のふもとの住宅街に、「あ・ぽわん」というレストランをデザインさせていただきました。
フレンチのシェフをされていたご主人が独立されて、ご自宅の裏庭に増築でレストランを建てることになりました。

近江富士が間近にそびえ、裏庭からは田園風景が豊かに眺められるので、高原に建つ、瀟酒なレストランをイメージしてデザインさせていただきました。
厨房にはご主人、ホールには奥様がサービスをされる、たいへん家庭的なあたたかい雰囲気のお店になりました。



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2001年、祇園、一力さんの近くの町家に、フレンチレストランのデザインをさせていただきました。

大津のフレンチレストランのオーナーシェフで料理の鉄人にも勝利した、フィリップ・オブロンをメインキャラクターとして、様々な仕掛けを盛り込んで計画されたレストランでした。

店名もズバリ『フィリップ・オブロン祇園』

そしてお店のコンセプトは、『格子戸を開ければ、そこはフランスだった』というように、祇園町を歩き、すっかり京都気分に染まったお客様が、格子戸をくぐり抜けたとたんに、フレンチレストランに様変わりする驚きとギャップをねらった空間構成でした。

1Fには待合いをかねたシガーBar、そしてテーブル席、2Fにはパーティーもできるホールとプライベートユーズの個室がありました。
町家の中庭を厨房としたため、吹抜けにして、1F、2Fの通路より調理の様子が眺められるようにしました。

フィリップの気さくな応対が、驚きや緊張をときほぐして、ちょうど良い気分でお食事ができる、楽しい豊かなお店になったと思います。

フランス人独特の感性も話し合いの中で取り入れ、デザインもさることながらコーディネイトの比重の多い仕事でした。

残念ながら今はもう営業されていませんが、最近、このレストランで働いていたシェフの卵たちが一人前となり、ひょんな所でお目にかかるようになりました。
いろいろな意味で、影響力のあるお店だったのではないでしょうか。





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2000年、河原町二条を上がったところに、「まんざら本店」のデザインのご依頼をいただきました。

聞くところによると、この物件はマンションを計画されていた家主さんが、同じ敷地にある、ご両親の思い出のある町家は残したいと思われ、お知り合いを通じて、まんざらさんなら大切に使ってくださる、ということでお声がかかったということでした。

1Fは内部が改装されていたので、一度スケルトンにし、建物の木組みをそのまま仕上げとすることにしました。
厨房を玄関側に配置することにより、調理の活気が直接表や来店客に伝わるように考えました。
建物には中庭があり、その奥に蔵がありました。
その蔵は2Fの床が古くなっていたため撤去して、吹き抜けの贅沢な個室としました。
2Fはほとんど現状のままを残し、土足で上がれる階段をつけかえ、2Fで靴を脱ぐようにしました。また、このお店の照明器具も手作りしています。
そして、庭を中心に、ホール、セミホールなど、パーティにも使える空間から営業がスタートしました。

「まんざら本店」という名前は、家主さんの長く残したいという思いを尊重し、建物、立地とも本店として残すににふさわしいと考えられて、命名されました。

後にまた紹介いたしますが、このお店もさらに大人の店へと改装されます。



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2000年、西賀茂にある「まんざら亭1号店」をcafeにリニューアルするお仕事をいただきました。

「まんざら」の出店の展開が市中に移り、顧客の動向も市中へと変化したため、地元の人々の憩いの場としてまんざら亭からcafeにリニューアルされることとなりました。

当時はエスニックスタイルという言葉がよく使われる時代でした。
このcafeもその流行を取り入れ、和とエスニックの混合した空間をイメージしました。

本来、床に使うパームマットを天井に貼り、壁と天井の梁は土壁風塗料で塗装しました。
床は墨入りモルタルとして、素材は和の素材でありながら、什器、備品で欧風エスニックな空間に仕上げました。
今、このお店は再々リニューアルされ、まんざら西賀茂店として、元の1号店の営業形態に戻っています。




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