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2009年8月アーカイブ

私は以前より「和」という言葉になにか違和感を感じていた。
「和がブーム」「和風」「モダンな和」等々、いろいろに使われるのだが、この「和」がどのようなものであるか、的確にイメージできないまま過ごしてきた。
しかし最近、私自身納得できる「和」の解釈にたどりついた。

飲食店の仕事が多く、あるクライアントと話をした時である。
「最近、日本の中では食べ物の国境がなくなってきている。まず、和食といっても日本食ではなく、各国の食材や調味料、調理方法を使い、日本固有の料理とミックスして、トータルで和食と呼んでいる。日本食のボリュームが大きいため、和食として成り立っている」

「フレンチにもイタリアンにも日本の食材、調理法が使われている。カテゴライズすると、フレンチ、イタリアンかもしれないが、これもトータルでフレンチなり、イタリアンなりのボリュームが大きいので成り立っているのだ」

これは飲食の世界にとどまらず、音楽、スポーツ、芸術、建築、インテリア、プロダクツ、
etc.あらゆる世界でも同じ事が言える。

「和」を辞書で引くと(調合する、適当に混ぜ合わせる)とある。
ということは、日本のものと海外のものとが混ざり合った状態、その生活様式が「和」「和スタイル」であり、その中で日本のボリュームが大きい場合に日本を感じて、海外のボリュームが大きいとその国を感じているのではないか。
だから、和風という言葉はおかしいわけで、日本風、イタリア風、フランス風、etc.というように明解な表現を使わないと「和風」「洋風」ではあまりにもファジーで、インターナショナルな表現ではないのではないか。

日本で空間デザインをしていて、いまや海外からの商品や様式、技術、素材などを使わずにデザインすることは不可能であり、それらが使われたスタイルが「和」である。だから、しっかりと日本を意識して、日本のデザインをし海外のものを混ぜ合わせるバランス感覚を自分のものにできれば、海外から見ても、現在の日本のデザインと言えるものになっていると思う。

最後に剣持勇が残した言葉を紹介します。

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「日本の家具には自分がない。               自信がないから他人の後ばかり追いかけている。      だから私たちデザイナーは、まず自信をもって       自分を大胆に出すことが必要だ。             外国の様式やデザインの動向を気にする必要も       ないし、そうかといって日本的であることを無理      に意識する必要もない。                 ただ『自分』であることが大切なのだ」
   (『ジャパニーズ・モダン〜剣持勇とその世界』)



杉木源三   

衣食住

衣食住という言葉は、誰がこの順番でならべたのか知りませんが、私のデザインの仕事に密接な関係をもっています。

私が京都から東京の武蔵野美術大学の建築へすすんだのは今から40年近く前、ちょうどDCブランドに火がつきはじめたころで、京都から大都会東京へでてきた田舎者は、ファッションの洗礼をうけました。
卒業してインテリアデザインの世界で働きはじめたころは、ブティックデザインの花盛りでした。
そのファッションを享受した人たちは、カフェやバーへ遊び場をもとめます。
こうしてブティックデザインのテクニックが駆使されて、食の場のデザインは発展しました。

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私が京都へもどり、デザインをはじめたのは、それから10年後、今から30年前です。          まだ京都にはさほどオシャレな空間は少ない時でした。しかし、ファッションに目覚めた人たちは遊び場を求めていました。そこで京都の仲間でオシャレ居酒屋をつくったのです。       
知る人ぞ知る、伝説の「うふふ」です。
それはまさしく、衣から食へ私のデザインが移った時代でした。

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それから20年が過ぎ、今は住の仕事へ移り、短期の居住空間の豊かさを求める、宿泊施設の仕事がふえています。住宅の仕事は以前より手がけていますが、衣・食と個性的な世界を抜けてきた人たちの居住空間は、ホテルや旅館のデザイン体験を経て、また違った方向へと進むことでしょう。
衣・食・住という文字の順番で、デザインが空間に重要な役目をもつようになったことは、なにも私の仕事だけでなく時代の流れだとおもいますが、日本人が流行ではなく、豊かな生活文化をもつために必要なプロセスだとおもっています。

杉木 源三   
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